サンティアゴ巡礼のルート

ルートマップや行程など巡礼路の情報や観光の見所を紹介

フランス人の道

フランス人の道
  • 出発点: サン・ ジャン・ピエ・ド・ポー (フランス)
  • 距離: 764 km
  • 全行程(徒歩): 33
  • 全行程(自転車): 14

ポルトガルの道

ポルトガルの道
  • 出発点: リスボン
  • 距離: 620 km
  • 歩き巡礼の行程数: 25
  • 自転車巡礼の行程: 11

北の道

北の道
  • 出発点: イルン
  • 距離: 824 km
  • 歩き巡礼の行程数: 34
  • 自転車巡礼の行程数: 18

プリミティボの道

プリミティボの道
  • 出発点: オビエド
  • 距離: 313 km
  • 歩き巡礼の行程数: 14
  • 行程数(自転車): 7

イギリス人の道

イギリス人の道
  • 出発点: フェロール / コルーニャ
  • 距離: 119 km
  • 行程数: 6

ポルトガル海岸の道

ポルトガル海岸の道
  • 出発点: ポルト
  • 距離: 304 km
  • 行程数(徒歩): 13
  • 行程数(自転車): 4

巡礼の最終章: フィステーラ-ムシア

フィステーラームシアの道
  • 出発点: サンティアゴ・デ・コンポステーラ
  • 距離: 90 km
  • 行程数: 4

冬の道

冬の道
  • 出発点: ポンフェラーダ
  • 距離: 263 km
  • 行程数: 10

サナブレスの道

サナブレスの道
  • 出発点: グランハ・デ・ラ・モレルエラ
  • 距離: 369 km
  • 行程数(徒歩): 13
  • 行程数(自転車): 7

銀の道

銀の道
  • 出発点: セビリア
  • 距離: 960 km
  • 歩き巡礼の行程数: 38
  • 自転車巡礼の行程数: 16

アラゴンの道

アラゴンの道
  • 出発点: ソンポ―ル
  • 距離: 205 km
  • 行程数: 6
  • 自転車巡礼の行程数: 3

バスクの道

バスクの道
  • 出発点: イルン
  • 距離: 252 km / 199 km
  • 行程数: 12 / 9
  • 行程数(自転車): 4

サンティアゴ巡礼ルートマップ

サンティアゴ巡礼 の全部のルートを知る

サンティアゴ巡礼マップ

サンティアゴ巡礼のその他のルート

各巡礼ルートの行程情報を知りたい方はこちら をクリック。

リエバナの道

リエバナの道

聖ヤコブとは別に独自の歴史を持つ巡礼路です。 この道は、 最も重要な聖遺物のひとつであるキリストの十字架の断片を祀るサント・トリビオ修道院に通じる道として有名です。 ローマから特別聖年の大赦が与えられています… 続きを読む

サルバドールの道

サルバドールの道

レオンとオビエドを結ぶこの道は、 サン・サルバドールの道とも呼ばれています。 理由は、サン・サルバドール大聖堂を訪れる巡礼者がオビエドへ向かうために利用した道だからです。 オビエドに到着した巡礼者は、 プリミティボの道を歩いてメリデまで進み、メリデでフランス人の道に再び合流しました…続きを読む

バスクの道

バスクの道

イルンからイベリア半島中心部へ入る サンティアゴ巡礼の重要なルートでした。 イルンを起点とし、サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ(リオハ地方)で フランス人の道へ合流します… 続きを読む

忘れられた道

忘れられた道

サンティアゴ巡礼路の中で最も古い道のひとつと史料に記されているルート。 ビルバオとビジャフランカ・デル・ビエルソを結びます。ビジャフランカ・デル・ビエルソからフランス人の道、もしくは冬の道を選んで進むことができます。 このルートの距離は637㎞です… 続きを読む

ポルトガル海岸の道

ポルトガル海岸の道

ポルトガルの道が内陸部を通ってガリシアへのトゥイへ向かうのに対し、このルートは、ポルトをスタートしてからポルトガルの沿岸を歩くルートです。 ア・グアルダ(A Guarda)という場所でフェリーに乗ってガリシアへアクセスし、レドンデラ(Redondela)へ向かいます。 レドンデラの近くにあるビーゴ(Vigo)通過時にシエス諸島を遠望することが出来ます。 レドンデラからは、ポルトガルの道に合流してサンティアゴ・デ・ コンポステーラを目指します… 続きを読む

バイヨンヌの道

バイヨンヌの道

フランスのバイヨンヌを起点とし、スペインのブルゴスでフランス人の道と 合流します。 イルンから先はバスクの道と大部分の道を共有することから バスクの道としても知られています。…続きを読む

アラゴンの道

アラゴンの道

スペインとフランスの国境であるソンポ―ル峠とナバーラ地方のプエンテ・ラ・レイナ(Puente la Reina)を結ぶルート。 アラゴン地方に広がる自然を楽しむルートで、プエンテ・ラ・レイナから フランス人の道へ合流します… 続きを読む

ル・ピュイの道

ル・ピュイの道

この道は、ヴィア・ポディエンシスとしても知られています。ル・ピュイ・アン・ブレーを起点とし フランス人の道と合流するロンセスバジェスまで続きます。この道を選ぶと、サン・ジャン・ピエ・ド・ポー の後にある難所ピレネー越えを 避けることが出来ます…

羊毛のルート

羊毛のルート

アリカンテを起点とし、ラ・マンチャ地方を通って ブルゴスを目指し、そのあとはフランス人の道と合流します。 あまり知られていない道ですが、起源は新石器時代と非常に古いルートです。 この地方では羊毛が重要な産業であったことから… 続きを読む

マドリードの道

マドリードの道

スペインの首都を起点とし、グアダラマ山脈を横断し セゴビア(Segovia)・バリャドリード(Valladolid)・レオン(León)とイベリア半島中央に広がるメセタ(乾燥高原)の南部を巡り、サアグン(Sahagún)でフランス人の道に合流します。 巡礼者の間でほとんど知られていないルートです… 続きを読む

バスタンの道

バスタンの道

バイヨンヌを出発しパンプローナでフランス人の道へ合流する109㎞の道。 中世に王様や軍の兵士の間で人気の巡礼ルートだった ことから 地元のカミーノ友の会が道を復興しようと … 続きを読む

カタルーニャの道

カタルーニャの道

モンセラットを起点としますが、タレガ(Tárrega)で2つの道に分かれる分岐点があります。 サンタ・シリア・デ・ハカ(Santa Cilia de Jaca)へ続くルートを進むと、そこからアラゴンの道へ合流し、その後プエンテ・ラ・レイナ(Puente la Reina) ふたつの道に分かれます… 続きを 読む

モサラべの道

モサラべの道

この道は、アンダルシア州のマラガ・アルメリア・ハエンと3つの都市から出発することが可能です。 それぞれの都市から出発した巡礼者はバエナ(Baena)で合流し、 メリデから銀の道へ続きます。

アロウサ湾ルート

アロウサ湾ルート

海と川を通るこのルートは、聖ヤコブの遺骸を移送した舟が 通った道です。 ポンテセスレスからサンティアゴを目指してポルトガルの道を 歩き始めます… 続きを読む

南東の道

南東の道

アリカンテを起点とし、イベリア半島を横断してサモーラ県のベナベンテ(Benavente)で銀の道と合流します。 ベナベンテからアストルガ(Astorga)へ北上し、次はフランス人の道と合流します。

レバンテの道

レバンテの道

イベリア半島を囲む地中海と大西洋を結ぶ道です。バレンシア(Valencia)を起点とし、 スペインの5自治州を通過してガリシア州へ到着します。 サモーラ(Zamora)到着後、銀の道へ 合流します… 続きを読む

サラゴサ経由のカタルーニャの道

サラゴサ経由のカタルーニャの道

モンセラットを起点とし、サラゴサ(Zaragoza)を経由してログローニョで フランス人の道へ合流するルートです。

カディスの道

カディスの道

カディスから銀の道の出発点であるセビリアまでのルートです。 ローマ帝国時代の影響を残すため、アウグスタの道(Vía Augusta)としても知られています… 続きを読む

エブロ川の道

エブロ川の道

タラゴナ県デルテブレ(Deltebre)を起点とし、エブロ川沿いをさかのぼって、 エブロ川の源流点まで歩きます… 続きを読む

世界の巡礼路: 熊野古道

熊野古道

カミーノ・デ・サンティアゴの姉妹道である日本の巡礼路 世界で最も重要な巡礼路のひとつである熊野古道の 歴史や行程、見所、アクセス方法をチェック! 詳しく

ガリシア: O Camiño dos faros(灯台の道)

灯台の道

灯台の道は、コスタ・ダ・モルテ(ガリシア語で死の沿岸を意味)と呼ばれる非常に自然の美しい地域を歩くガ リシア州の重要なハイキングコースです。 詳しく

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サンティアゴ巡礼の主要ルート

フランス人の道

道の歴史

1135年に書かれたカリクトゥス写本の中にこの道に関する情報や ヨーロッパの異なる主要都市からサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの 距離が記されています。 カリクトゥス写本の他にも、 史料や中世の巡礼者の手記など文献が多い道です。

中世の時代、キリスト教における聖人崇拝と 強い聖遺物信仰により、サンティアゴ巡礼路の中で最も 多くの巡礼者が歩くルートとなりました。 巡礼者の間やサンティアゴ巡礼について知る人の間で 経済や文化交流の重要ルートとして、世界中で最も認知度の高い 巡礼のひとつとして非常に有名になりました。

現在は、ヨーロッパはもちろん、世界的に有名な巡礼ルートになり、最も多くの巡礼者に歩かれている道です。 上記の理由により、道を歩く大勢の巡礼者に対応する宿やレストランが 最も多くある道でもあります。 サン・ジャン・ピエ・ド・ポーを起点とし、半島北部を 横断する約760㎞のルート は31行程に分蹴ることができます…

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ポルトガルの道

道の歴史

ポルトガルのアルフォンソ1世は、12世紀にカスティーリャ・イ・レオン王国からポルトガルの独立を達成します。 ポルトガル王国が成立すると、ポルトガルからイベリア半島北部を目指す巡礼者が増加しますが、 ポルトガルからサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼者の目的は信仰心だけではありませんでした。 ポルトガル独立後にできた隣国の文化的・経済的交流が活発になり、 時代を超えて隣国同士のつながりが育まれました。 同時に、ポルトガル国内からガリシアへ向かう道路網が建設され、 隣国同士の歴史を刻むルートが 形成されました。

王侯貴族や聖職者たちがサンティアゴへ巡礼をすると、ポルトガル内でヤコブ信仰が広まり、 次第にこの道を歩く巡礼者が増えました。現在、最も多くの巡礼者が歩く人気ルートの ひとつです。 神聖ローマ皇帝兼スペイン王カール5世(カルロス1世)の妃だったイザベル王女は、 15世紀にサンティアゴへ巡礼し、ヤコブが眠る中央祭壇に神聖ローマ皇后の 王冠を捧げました。 彼女が亡くなると、遺言に従い、遺体は巡礼者の杖と一緒に コインブラに 埋葬されました。

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北の道

道の歴史

この道は、北スペインに位置するバスク地方からサンティアゴ・デ・コンポステーラまで カンタブリア海沿いを歩く道です。 イルンを起点とし、サン・セバスチャン、ビルバオ、サンタンデール、 ヒホンといった素晴らしい町を訪れます。 アストゥリアスとガリシアの県境 にあるルーゴ県リバデオ(Ribadeo)からガリシア州へアクセスします。 リバデオからサンティアゴ大聖堂までの距離は180㎞です。

最初の巡礼路とされるプリミティボの道の次に、 歴史の古い巡礼ルートです。 当時、ヨーロッパ中から多くの王や女王がこの道を通って サンティアゴへ参拝しました。 イスラム統治下の国土回復する レコンキスタが終了すると、12世紀に国王の庇護を受けたフランス人の道に 主役の座を奪われてしまいます。 しかし、バスクやカンタブリア地方の港からスペインへ上陸した巡礼者の多くが この道を利用しつづけたことから、 「海の道」と名付けられました。

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プリミティボの道

道の歴史

813年にサンティアゴで聖ヤコブのお墓が発見されてすぐに、アルフォンソ2世(純潔王)が 歴史的発見に立ち会うため、アストゥリアスからサンティアゴへ向けて 巡礼しました。 アストゥリアスの内陸の道を通ってルーゴへ向かい、 ルーゴからさらにサンティアゴへの道を進みました。 サンティアゴに到着したアルフォンソ2世は、ヤコブの遺骸を安置する 教会を建てるように命じました。 この教会は、現在のサンティアゴ大聖堂の基礎となり、この時アルフォンソ2世が通った道は サンティアゴへと向かう最初の巡礼路であるプリミティボの道となりました。

サンティアゴ巡礼のルーツを発見するルートは、オビエドを起点とし アストゥリアス地方を西へ進んでガリシア州ルーゴ県へアクセスします。 ルーゴからメリデへ向かい、フランス人の道に合流し サンティアゴまで残り55㎞の道のりを進みます。 プリミティボの道は自然の景色が素晴らしく、 歴史遺産が豊富なルートです…

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イギリス人の道

道の歴史

ガリシアの港町であるフェロールとコルーニャを起点とする 巡礼路は、 ガリシアへ入港したイギリス船の乗組員だけでなく、スコットランド人や アイルランド人、スカンジナビアやオランダからの 巡礼者が利用しました。 また、彼らは巡礼路沿いの村で商売をしました。 14世紀半ば、イギリスやアイルランドなどで外国にあるキリスト教聖地の訪問を希望する人が 増えると、船乗りの間でイギリス人の道が広く知られるようになり 巡礼者の数も増えるようになりました。

フェロールからサンティアゴまで120㎞の道は、 歴史や遺産が豊かな道で、緑が多い区間を歩きます。 他のルートと比べて歩く巡礼者の数が少ないので 落ち着いてゆっくり歩けるルートです。 フェロールを起点とするルートと コルーニャを起点とするルートがあります。フェロール出発だと5日かかりますが、コルーニャからはサンティアゴまで 3日で到着することができます…

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銀の道

道の歴史

銀の道はローマ時代に生まれた道です。 元々、古代ローマ時代にアウグスタ・エメリタ(現・メリダ) からアルトゥリカ・アウグスタ(現・アストルガ) に敷かれたローマ街道でした。 イベリア半島西部の重要な交通路で、 後に、イベリア半島南部からサンティアゴまで北上する 巡礼路となりました。

キリスト教徒により国土回復運動が完成すると、 北から南へアクセスするルートとして、人工的に延長されました。 10世紀に、イスラムの宰相アルマンソールは サンティアゴの町を襲撃し、大聖堂の鐘を略奪しました。 アルマンソールは捕虜にしたキリスト教徒に鐘を担がせ、 銀の道を通って南へと帰りました。 15世紀にキリスト教勢力が国土回復運動を終了すると、 アルマンソールにより奪われたサンティアゴ大聖堂の鐘は 再び銀の道を通って、サンティアゴへと返却されます。これがきっかけとなり、アンダルシアやエストレマドゥーラから サンティアゴを目指す巡礼の基盤ができました。

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サナブレスの道

道の歴史

この道は、ローマ時代の道を通る区間が多く、長い歴史を通じて ケルト人からフェニキア人、ローマ人、アラブ人、そしてサンティアゴを目指す 巡礼者が通りました。 このルートは、イベリア半島南部からサンティアゴまで北上する 銀の道で、サモーラからアストルガへ通るルートを避けるための 迂回ルートとして利用されました。 アストルガ経由のルートでは、ガリシア州のルーゴ県へアクセスしますが、 サナブリアの道を選ぶと、ガリシア州オウレンセ県へ入ります。

この道は、サモーラ市グランハ・デ・ラ・モレルエラを起点とします。 この町には、シトー会がイベリア半島で建設した最初の修道院を見ることができます。 サンティアゴ巡礼と縁が深く、 昔はサンティアゴ・デ・モレルエラ(Santiago de Moreruela)と呼ばれていました。 イベリア半島中央部と北部の都市を結ぶルートでもあったので、 巡礼者に限らず、多くの旅人や全国を回る商人も この道を利用しました。

また、放牧地へ向かう家畜の通り道であり、 ガリシアの農民たちが収穫の時期にカスティーリャ地方まで 働きに行く道でもありました。 沿道には、数多くの救護院や宿場、 教会や修道院と巡礼者を迎える施設が建設されました。

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巡礼の最終章フィステーラとムシアへ

道の歴史

フィステーラ(ラテン語で地の果てを意味)は、サンティアゴ巡礼が始まる ずっと前からの歴史があります。 フィステーラには、ガリシアの古い都市Dugium(ドゥヒウム)があったされ、 この都市とアトランティスとの関係の可能性を主張する 研究者がいます。 中世初期までフィニステーレ岬が世界の果てだと信じられていたことから この地方が選ばれたのは単なる偶然ではありませんでした。 この土地への定住者が増え、 日々大西洋の海から『再生する』太陽信仰も 生まれます。

宇宙の神『アラ・ソリス』を崇める重要な祭壇などが作られ、 ケルト人やローマ人がこの教会へ参拝しました。 伝説によると、 異教の信仰場所であるとして聖ヤコブがこの教会を取り壊すように命じたと伝えています。 教会の取り壊しに村の住民が反対すると、 大規模な洪水がアラ・ソリスをはじめ村全体を壊滅します。 2頭の雄牛だけが洪水から逃げきることに成功しますが、 罰としてすぐさま石に変えられますが、 これらの石はボイス・デ・グレス(Bois de Gures)諸島を 形成しています。

サンティアゴを起点とする唯一の道は、現代に作られたルートと考える人が多いですが、 聖ヤコブと密接な関わりがある道です。 フィステーラにあるサン・ギジェルモ礼拝堂で行われた最近の発掘作業で、 この教会と聖ヤコブと深いかかわりがあったことがわかっています…

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冬の道

道の歴史

冬の時期の巡礼は、この季節特有の素晴らしい自然の景色を見ることができますが、 非常に厳しいコンディションの中での巡礼を強いられる区間があります。 中世の時代、ポンフェラーダの周辺の山は雪に覆われた、道は水たまりだらけで 巡礼を続けるには難しい状況でした。 骨身に沁みる寒さに耐えながら往来が困難な道を強いられた巡礼者は、 難易度が低くて安全にガリシアまで行ける 代替ルートを探すようになりました。 こうして生まれたのが冬の道でした。

世界遺産に登録されているローマ時代の鉱山跡をはじめ 自然の景観が素晴らしい場所を通る非常に魅力的な道です。 それに合わせて 冬の巡礼が厳しい時期に選ばれたルートであることから、現在では 年間通してこの道を歩く巡礼者が多くなっています。 冬の道周辺の自然の景色を楽しむなら春が一番最適な季節ですし、 フランス人の道は夏に巡礼者でいっぱいになるので、その混雑を避けて 夏にこの道を歩くのもおすすめです。

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